COLUMN

アレキシサイミア と 情動 の処理プロセス:笑うから幸せになれるのか?悲しいときには泣いた方がよいのか?

感情の気づきに乏しい傾向 = アレキシサイミア(失感情症
この機序についてさまざまな研究がありますが、最も本質的なのは「情動処理プロセス(過程)」の障害です。「心」のベースになる[感情] や [情動] は、人が生きる上でとても重要です。これらの不調がどのように身体の症状につながるのでしょうか。

[感情] と [情動]

「情動」は、高次の「感情」(喜び・驚き・怒り・嫌悪・悲しみなど)に対して、その元になる、より低次で原始的なもの(快、不快、不安、恐れなどに近い)を指します1)「情動処理」とは、人が社会生活を生きる上で生じる心理的な歪み(いわゆるストレス)による感情や情動を適切に処理して、心身の健康を保つ働きです。( ⇒「内受容感覚 と 心身医学 (3):感情と身体」の「感情と情動」を参照。)

意識上 vs 意識下の情動プロセス

Laneらは情動処理に関与するプロセスを、

  • 意識上のプロセス
     =「明在プロセス」
  • 意識下のプロセス
     =「暗在プロセス」
    (暗在=表面に表れないもの)に分けて論じています(Lane, 2008)。

「意識上の明在プロセス」は、文字通り意識化されている感情についての処理過程です。例えば、ポジティブな感情は健康的な状態に関連し、ネガティブな感情は不健康な状態に関連するという、わかりやすいプロセスです。笑いと健康の関係など、これに類する研究はたくさんあります。対処行動などによって感情が適切に処理されると、心身の健康を保つことができます。

一方、「意識下の暗在プロセス」は、ネガティブな感情の表出が妨げられるなど、その意識上の処理が適切でないと、その感情が意識下のプロセスに入って不健康な状態につながる、というものです(「感情が意識下に押し込まれる」というイメージ)。

ネガティブな感情、例えば悲しい感情が生じたとき、
①無理にでも笑うなどしてポジティブな気分になれば健康になれるのか。つまり「笑うから幸せになれる」のか、それとも
②無理にその経験や表現を抑えない、「悲しいときには泣いた方が健康になれる」のか

という議論があります。

どちらもそれなりにエビデンスもあって間違いではありません。しかし、ネガティブな感情が意識上の明在プロセスで適切に処理できないと、意識下の暗在プロセスに入り、次に述べる自律神経の機能異常などから身体のさまざまな症状につながっていきます(⇒「心身症」)。

情動処理にかかわる脳機能

脳科学的にこの情動処理を中心的に担うのは「大脳辺縁系」とよばれる機能系であり、他の関連する部位と連携して機能します。「脳の機能的レベルと心身医学」で述べたように、中枢神経系は、機能面から大きく [新皮質系] [大脳辺縁系] [脳幹-脊髄系] の3つのレベルに分けられます2)

このうち、大脳辺縁系は情動処理に関与すると同時に、ホメオスタシス(恒常性)3) を担う自律神経系や内分泌系を統括しています。なかでも自律神経系は、気道の収縮拡張、心臓の拍出量や血圧の調整、消化管機能の促進や抑制など、全身の臓器に分布して身体内部の状態を「自律的・自動的に」適切に保つ重要な働きを担っています。我々が意識しなくても運動すれば心拍が増加したりするのはこの自律神経系の働きによります。

大脳辺縁系の核である「扁桃体」と、辺縁皮質である「帯状回」は情動処理過程に深く関与し、扁桃体は前述の「意識下の暗在プロセス」に、帯状回は情動の意識化プロセスに関与するとされます(Morris, Ohman, & Dolan, 1998; Williams et al., 2006)。

様々な生理学的研究から、アレキシサイミアではこれら情動処理プロセスにおける機能異常がみられることがわかっています。例えば、顔の表情や情動場面を提示する情動課題に対して、アレキシサイミアでは前帯状回、島皮質、内側前頭前野など情動処理に関連する部位の活動低下などが示されています(Kano et al., 2003)。

また、このような情動処理プロセスの生理基盤として、身体内部の状態をとらえる機能 =「内受容感覚」が深くかかわっていることがわかってきました。内受容感覚と感情・情動との関係については「内受容感覚 と 心身医学 (3):感情と身体」も参照ください。

脳の機能的レベルの連携と乖離

このような情動処理プロセスにおいては、先に述べた、脳のレベル間の機能的連携(つながり)が極めて重要です。アレキシサイミアでは、情動処理プロセスにおける機能的乖離やアンバランスさによる歪みが、大脳辺縁系から自律神経系、内分泌系、免疫系などの機能異常を介して種々の身体症状に関与すると考えられます。

脳のレベル間のつながりは、私と自身のからだやこころとのつながりに通じるものです。これらの乖離はさまざまな問題を引き起こします。カウンセリング、自律訓練法などの心身医学的アプローチによる「こころとからだの気づき」は、このつながりを促進することになり、このような機能的乖離から機能的連携に至るプロセスに関与するのです。

(Kanbara K, Psychosomatic Labo/ LABs Psychosomatic Medicine, https://psychosom.net/emotional-process, Dec. 2024)


1) 心的機能について、より明確に意識化され、言語化され、分化した心の機能を高次機能とし、明確に意識されず、言語化されず、未分化な機能を低次機能と呼ぶ。

2) [新皮質系] は人間的な機能:適応、創造、判断など意識に上る高次の精神機能を主に担う。
  [脳幹-脊髄系] は植物的な機能:精神活動を伴わない反射や、呼吸・循環など生命維持に必須の機能を担い、意識には上らない。いわば生命維持装置である。発生学的にこの脳幹-脊髄系は最も古く、「身体」に直結している。脳のこの部分だけが生きていてその他の部分が死んでいれば、いわゆる植物状態ということになる。
 [大脳辺縁系] は、この新皮質系と脳幹の間に位置し、新皮質ではなく旧・古皮質であり発生学的に古い。解剖的にも両者の間にあり、心と身体の中間に位置しており、機能的にも心と身体をつなぐ役割を担う。新皮質系が人間的な機能、脳幹-脊髄系が植物的機能を担うのに対して、辺縁系は動物的な機能:本能行動、情動、恒常性維持のための機能を持つ。意識レベルでは、はっきりとは意識されないが全く意識に上らないわけでもない中間レベルである。

3) 生体内部の環境は、外部環境の変化にかかわらず一定に保つ働きがあり、W.B. Cannonはこれをホメオスタシス(生体恒常性)と呼んだ。実世界ではさまざまな生理的システムがダイナミックに協調して働き、環境の変化に適応するよう設定値を変化させながら適応を目指す。このような「動的恒常性」をMcEwenらはホメオスタシスを発展させた概念として「アロスタシス」と呼んでいる。


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文献

Kanbara, K., Fukunaga, M. Links among emotional awareness, somatic awareness and autonomic homeostatic processing. BioPsychoSocial Med 10, 16 (2016). https://doi.org/10.1186/s13030-016-0059-3