産業領域(職場)においても、メンタルヘルスや心身医学の重要性が高まっています。
産業保健におけるメンタル領域の 産業医 の現状や、心身医学・ 心療内科 とのかかわりについて概説します。
職場における心の健康・メンタル不調の増加
近年は労働者の心の健康の重要性が高まっています。
休職などの原因もメンタル不調が多くなり、自殺やうつ病など、心の健康問題に関連する経済的損失は、厚生労働省によると年約3兆円近くにもなると言われています。このような状況の中、2015年に企業における「ストレスチェック」が義務化されたのは周知の事実です。
身体的な問題による休職などに比べて、メンタル不調による休職や離脱は、さまざまな特徴や問題があります。
- 休職など就業離脱の期間が長くなる傾向がある
- 客観的評価が難しい
(特に自覚的訴えとの乖離がある場合) - 休職や復職の判断が難しい
- 周囲の理解が得られにくい
- 最悪の場合自殺の可能性がある
これに加えて、近年は新型コロナウィルス感染拡大による 在宅勤務 ・ オンラインワーク に伴う心の健康やストレスケアの重要性が高まっています。在宅勤務やオンラインワークは、短期的には通勤の負担回避など利点もありますが、コミュニケーションが限定的になってチームワークが難しくなり、仕事の自己管理の負担が増えるなどの側面もあります。
職場におけるメンタルヘルスケア
職場におけるメンタルヘルスケアは、下記の4つのケアが重要とされています。
- セルフケア
働く人が自分自身で健康管理(セルフマネージメント)を行う。 - ラインによるケア
社内の部署の管理監督者(上司)によるケア。 - 産業保健スタッフによるケア
社内の人事労務管理スタッフ、健康管理室などの保健師や産業医などのスタッフによるケア。 - 事業場外のリソースによるケア
産業保健総合支援センターなど公的機関、医療機関、リワーク施設、心理カウンセリング施設など。
セルフケア(自己管理)が重要なことは言うまでもありませんが、職場においては、社員の立場では労働環境を変えられないなど、自分ではどうしようもないことも多く、上司(ライン)や産業保健スタッフのサポートも重要です。
産業医の役割
この中で 産業医 は、産業保健スタッフの一員として、社員の健康管理を医師の立場からサポートします。ただし、通常の病院などの医師と異なり、職場の状況を十分考慮し、医療と職場の管理者やスタッフをつなぐような役割を果たします。
労働者は雇用されている立場上、特に上司などのいる場では言いたいことを言えないことも多いものです。その点、産業医は企業等に雇用された立場にありながら、労働安全衛生法などの法的枠組みがあるため、比較的独立した立場での評価や介入が可能となります。
厚生労働省等によると、一般に産業医の仕事として以下が挙げられています。
(1) 健康診断や作業環境の維持改善など労働者の健康管理
(2) 健康教育や健康相談など労働者の健康の保持増進
(3) 労働衛生教育
(4) 労働者の健康障害の原因の調査及び再発防止のための措置
簡単に言えば、職場での健康管理、健康教育による問題の予防、健康障害が起こった場合の対応、ということになります。ただ、前述のようなメンタル面の問題の増加に伴い、産業医の仕事も、身体的な管理等に比べ、心の健康管理やメンタル不調への対応の比重が増してきています。
心身医学・心療内科との関係
心と身体は密接不離な関係にあり、分けることはできません。なので、心の不調と身体の不調は連動します。身体の調子がすごく悪いけど、不安や気分の落ち込みが全くない、などということは通常考えにくいでしょう。
心身医学 ・ 心療内科 は心と身体の関係性に着目しながら、心身の両面をバランスよく診ることを目指しています。この視点が職場におけるメンタルヘルスにおいても重要です。
病院などの臨床現場に比べ、職場などでは、心の不調というのは「あまり知られたくない」「できれば隠しておきたい」「訴えは公にしたくない」という気持ちがあるものです。そのような場合、身体的な不調という形で心の不調(いわゆるストレス)を表すことが起こりがちです。
このような場合でも、心療内科医は、身体的不調に寄り添いながら、心理的問題をも考慮するという見方に慣れています。なので、職場におけるメンタルヘルス、心身の不調などへの対応がしやすいのです。
会社によっては、保健スタッフの方から声をかけてくれるところもありますが、産業保健スタッフに相談するのは、最初は勇気がいるかもしれません。問題を抱えて倒れてしまう前に、相談をして問題を「明在化する」ということは、それ自体に大きな意味があります。
これまで多くの職場のメンタルヘルスに関わった筆者の経験から言うと、本人が悩んだり考えたりしていることと、上司や保健スタッフの見方との間にはずれがあることが多いものです。本人が「休んだら迷惑をかけてしまう」などと考えていても、相談してみたらすんなりいった、というケースが多々あります。そういうコミュニケーションの疎通やずれの修正がまずは重要な鍵になるのです。
(Kanbara K, Psychosomatic Labo, https://psychosom.net/column/industrial-health/, April, 2023)